身近に潜む危険

 私達は進んだ文明のおかげで、日々"何か"からの恐怖を感じることに麻痺している。恐怖があるとしても、社会的な抑圧ぐらいだろう。しかし、私達は常に未知の"何か"から襲われるかもしれないという恐怖に駆られなければならないはずなのだ。それが生物として、人間としての本能のはずだからだ。それを思い出してくれたのは本日あった世にも奇妙なとある出来事であった。今日はその話をしよう。

 それは学校の昼休みに起きた。私は食堂で友人と昼飯を食べ終わり、トイレに行った。見た目はとても新しく清潔だが、いつもどおりのカビが生えた昆虫ゼリーとドックフードを混ぜた様な激臭とAVによくいる黒人男性のような喘ぎ声の如く轟く最新型の換気扇が機能しているのか分からないほどのムシムシとした空気はやはり好きではない。いつもの如く6つ目のトイレに立った。私の定位置はここだ。しかし、いつもと違い、今日はトイレの排水溝(?)の手前のなだらかな坂の所に縮れた太い陰毛が一本落ちていたのだ。私はそれを発見した瞬間は「誰だよ…陰毛落としたやつ……よくあることだけど」と思い、何も疑問を感じずに用を足した。社会の窓を閉じ、一歩下がると自動で水が流れ陰毛もヒューと流されて消えた。これを見たとき、私は変だと思った。

 何故変なのか。それは普通に考えて、陰毛がそこに留まることが不可能だからだ。

 

 説明しよう。
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 まず、Aの様に股間から直にそこに落ちたとしよう。(絵が下手で申し訳ない)この場合、一歩下ろうが横に行こうが、そこから離れたら時点で、水が自動で流れて陰毛はゲームオーバーだ。「陰毛が引っかかる場所」というのは排水溝しか存在しない。トイレには排水溝と僅かに下の方にあるなだらかな坂以外は殺伐とした空虚な90度の壁があり、引っかかることも許されず、仮に何かしらで引っかかったとしても、30分毎に流れる自動洗浄の水か一歩離れたら流れる水の力で陰毛程度なら奈落の底へと流してしまうからだ。


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 では、Bの図の様に陰毛を投擲したらどうだろうか。しかし、髪の毛で実験したところ不可能であった。理由は単純である。陰毛や髪の毛のような人間の体毛ではよっぽど距離が近くない限り、あの中にいれるのはMBAのスーパースター達でも不可能であるからだ。仮に近くで入れたとしても一歩離れたらの自動洗浄が発動してしまうので意味がない。


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 次に、Cの場合はどうだろうか。図がわかりにくいかもしれないが、要するにトイレの上に立ち、そこから陰毛を落とすということだ。これならば遠くにジャンプして降りることさえできれば、自動洗浄も発動せずに出来る。ところが、狭いトイレの上にはほぼ登れないし、登れたとしても陰毛を落とすことができる猛者はまずいない。さらに、自動洗浄がある為陰毛を見つける前の最高30分以内にそれをしなければならない。そんなことができる人間はやはりありえない。

 

 このように、陰毛がどの様な経緯で落ちたのかは私にはもう想像のしようがない。それに加えて、もう一つの謎が見つかってしまったのだ。

 それは私が陰毛を発見したとき、「よくあることだけど」と思い込み、異変だと思わなかったことである。そもそも、陰毛がトイレに落ちているは洋室トイレなどではあるが、このような男子トイレにあるタイプのトイレでは見たことがなかった。何故、「よくあること」だと思ってしまったのだろうか。

 それは一種の、人間の記憶の誤認識だと考えられる。似たような記憶同士で勝手に結合させて考えてしまうことや思い込みで記憶を改竄してしまうのはよくあることだ。例えば、有名な話で『千と千尋の神隠し』のEDがある。『千と千尋の神隠し』にはEDが無いが、多くの人がEDがあると思い込んでいたという話だ。私も似た体験が昔のアニメを見返したときにあった。つまり、思い込みにより「トイレに陰毛よく落ちてるよな」という記憶が私の中で作られてしまっていたのだ。

 

 これに気づいた時、私はこの陰毛事件の真理に気づいたのだ。そう、実は「陰毛は人間が落としたモノ」というのも思い込みであると考えたのだ。つまり、陰毛を落としたのは人間以外の"何か"であり、自動洗浄機能にも意を介さない何かがあるのだろう。だから陰毛を悠々と落とせたのだ。

 この発見は実に恐ろしいことだった。学校のトイレという身近な場所に、私の知らない"何か"が存在しうるということだからだ。

 真実は恐ろしい。しかし、時にそれは私達を真理へと導いてくれる。自動洗浄やビデ、便座ヒーターなどの最新のテクノロジーを搭載している便器が数々ある新しくキレイな学校のトイレは現代科学文明によってかき消されかけていた私達の未知への恐怖心を思い出させてくれようとしてくれたのかもしれない。

 

あとがき

・自分が社会の窓を開ける前から陰毛は存在していた